プロローグ:鉄の箱の静寂と、無邪気な弾丸
通勤電車の満員という名の密室。湿った空気とスマートフォンの青白い光が支配するその空間に、突如として二人の少女の「声」が突き刺さった。
「ねぇ、スケートの“りくりゅう”のりゅうクンさぁ、目ぇ寄ってるよね!」
一瞬、周囲の大人たちの指が止まった。皆、ひたすら手元の画面を凝視し、聞こえなかったフリをする。だが、少女の弾丸は止まらない。
「なんで? 寄り目でめちゃ可愛いやん!」
周囲の沈黙をよそに、私は内心で苦笑していた。もし許されるなら、彼女たちの前に進み出て「ほら、このオジサンも仲間だよ」と、自らの「証拠」を突きつけてやりたい衝動に駆られながら――。

第一章:右眼に宿る「不一致」のアリバイ
何を隠そう、私自身も幼少期から「内斜視」という十字架を背負っている。右の瞳が、わずかに鼻側へと身を寄せているのだ。 子供の頃は「可愛らしい」と笑って済まされたその歪みも、中学、高校と時を刻むにつれ、その主張を強めていった。成人する頃には、誰の目にも明らかな「異常」として定着していた。
北京の氷上で舞う木原龍一氏。表彰式の写真に写る彼の左眼もまた、私とは左右こそ違えど、明らかに中央へと寄っている。医学的に言えば、眼筋の神経支配、あるいは筋肉そのものの狂いが生じさせる「病気」。統計によれば、子供の2~4%がこの目に見えない「ズレ」を抱えて生きているという。
かつて私は、心無い者たちから「ガチャ目」「ロンパリ」などと、異質な存在として指名手配されたこともあった。
第二章:消失した「三次元」のトリック
斜視という不条理が奪うのは、世の中の「奥行き」である。
1984年、映画『ジョーズ3』。人々が偏光メガネの向こうで飛び出す鮫に悲鳴を上げる中、私に見えていたのは、ただボヤけただけの二次元の残像だった。1990年の万博でも、2004年のUSJでも、スパイダーマンが空を駆ける熱狂の渦中で、私だけが取り残されていた。
日常生活という名のミステリーにおいても、この「遠近感の欠如」は命取りとなる。
食卓の醤油を取ろうとして、手前のグラスをなぎ倒す。
洗面台でキャップを拾おうとし、額を強打する。
ゴルフ場では、ボールとの距離を読み違え、無残に芝を抉り取る。
車の運転に至っては、もはや命がけの「超高速演算」だ。物体の大きさや陰影から、脳が無理やり距離を弾き出す。数ヶ月前、その演算回路がわずかに綻びを見せ、電柱にミラーを接触させたのは、何かの予兆だったのだろうか。
第三章:再発する「視線」のミステリー
26歳の時、私は一度この「ズレ」を修正しようと試みた。 「ちゃんと人の目を見て話せ!」 営業職への異動初夜、顧客から浴びせられたその言葉が、私を医大病院の執刀台へと向かわせた。
眼球を支える筋肉を調整する、ポピュラーなはずの手術。だが、結果は数年で元の黙あみとなった。身体は、自らの「歪み」を正解だと記憶していたのだ。 後にテリー伊藤氏が矯正に成功したというニュースを耳にした時、医療の進歩を感じると同時に、自分自身の「戻ってしまった視線」を見つめ直した。
第四章:氷上の騎士が選ぶ「未来」のシナリオ
木原龍一という男は、なぜこの「ズレ」を抱えたまま、世界を制したのか。 滑走し、回転し、パートナーを支えるフィギュアスケートにおいて、遠近感の欠如は致命的なはずだ。おそらく彼は、私がハンドルを握る時のように、凄まじい経験値という名の「演算」で、氷の上の距離を支配しているに違いない。
彼は現役引退後、コーチへの道を志しているという。 もし彼が、芸能界という光の当たる場所へ進むなら、その「寄り目」は強力な武器(チャームポイント)になるだろう。事実、堂本光一や綾瀬はるかといった、第一線で輝くスターたちの瞳にも、同じ「内斜視」の影が宿っている。
エピローグ:個性という名の終身刑
木原氏が今後、手術という「矯正」を選ぶのか、それとも「個性」として抱き続けるのか。それは彼にしか解けない謎だ。
だが、アラ還を迎えた一人の「内斜視オジサン」としては、彼がその瞳のまま、堂々とコーチとしてリンクに立ち続けてくれることを願わずにはいられない。そうすれば、私もまた、このズレた視線を誇らしく思えるような気がするのだ。
斜視は病気か、それとも個性か。 私はこの謎と共に、死ぬまで付き合っていく覚悟を決めている。